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【第2回】杉野工務店の図面にない話~入社した頃の杉野工務店~

杉野工務店の図面にない話

入社した頃の杉野工務店

スギ
バナ

回
第2回
編
社員編
話し手
工務部 部長 中野 勝
掲載日
2026年10月30日
図番
SB-02
入社した頃の杉野工務店

1946年(昭和21年)に松山市で創業した総合建設会社、杉野工務店。
第2回は、1978年(昭和53年)に入社し、初代から四代目まですべての社長と働いてきた工務部長の中野勝が、入社した頃と今の杉野工務店を語ります。

その1「やる気あるんか」の一言で入社が決まった

工事中の現場を見上げる(クレアホームズ松山南堀端)
工事中の現場を見上げる(クレアホームズ松山南堀端)

私が杉野工務店に入社したのは1978年(昭和53年)、松山工業高校を卒業した18歳のときです。最初は大阪の会社を受けたのですが、ご縁がなく松山に戻ってきました。そのとき地元で受けられたのが杉野工務店でした。
(正直に言うと、会社の名前は聞いたことはありませんでした。)

面接の相手は、創業者で初代社長の杉野久一です。
「やる気あるんか?」
と聞かれたので
「あります」
と答えたら、
「よし、来い」。

それで決まりました。

当時は住宅の工事を中心にやっていました。それでも入ってすぐに「アットホームでいい会社だな」と思ったのを覚えています。

今では私が社内で一番の古株になりました。初代から今の佐古社長まで、四代すべての社長と仕事をしてきました。

初代の杉野久一社長は現場たたき上げの、まさに職人肌の人。
二代目の杉野昇治社長は私と同じ現場監督の出身で、現場の苦労をよくわかってくれる、一番近い存在でした。
三代目の杉野康平社長と四代目の佐古社長は営業肌で、しっかり仕事を取ってきてくれます。

その2自分が動く監督から、人を動かす監督へ

建設業許可票(クレアホームズ松山南堀端)
建設業許可票(クレアホームズ松山南堀端)

今は工務部で、現場管理の全般を担当しています。工程、職人さん、図面まで、現場全体を見るのが仕事です。

資格は1級建築施工管理技士を持っています。
これまでに20件以上の現場に携わってきました。

入社した頃と比べて一番変わったのは、昔は自分が動いて現場を納めていたのが、今は人を動かして現場をまとめる形になったことです。
図面も、手描きからパソコンのCADへ、そして今はタブレットへと変わりつつあります。
安全管理もずいぶん厳しくなり、今は月に1度の安全衛生協議会と現場パトロールを会社として続けています。

一番大変だと思った仕事は、学校の改修工事です。夏休みの短い期間に大量の工事を仕上げるので、職人さんが一度に50人、100人と入ってきます。その人たちをまとめて、的確に指示を出していくのが本当に大変でした。
ちなみに若い頃は特に現場のことで覚えることが多く、とても苦労しましたね。

反対に一番うれしかったことは、建物が完成して、形として残ることです。愛媛県立とべ動物園では、動物病院や調理場など、来園者が入れない裏方の施設もつくりました。形として残る建物を建てられたことは、子どもや孫にも自慢ができます。

形として残る建物を建てられたことは、
子どもや孫にも自慢ができます。

工務部 部長 中野 勝

その3変わらないのは、アットホームな社風と協力業者さんとの縁

中野部長の腰道具
中野部長の腰道具

働き方は時代とともに大きく変わりました。それでも、会社のアットホームな雰囲気や「杉野工務店っぽさ」という根っこは、昔のままずっと引き継がれています。

その一つが、「協力業者さんを大切にすること」です。うちは金額の大小で業者さんを替えることはせず、長年同じ協力業者さんと仕事を続けています。水道工事の業者さんをはじめ、創業の頃から80年近くお付き合いのある会社もあります。だから現場の仲がよくて、雰囲気も良いから、いいものづくりができます。

社長とのやり取りは、工程どおりに進んでいるか、予算どおりかといった確認が中心です。現場に口出しはせず、自分の判断で現場を進めさせてくれます。

長く勤めてきて「この会社でよかった」と思うのは、給料やボーナスの心配をせず、安心して仕事に集中できたことです。「今月は給料が出るだろうか」と不安に思うことなく長年働けたのは、本当に恵まれていたと思います。

その4何でもやらせて、小さな失敗で育てる

今年で67歳になりました。体が動いて、けがをしない限りは70歳まで続けようと思っています。

今、力を入れているのは若い現場監督の育成です。
心がけているのは、まず何でもやらせてみること。自分で考えて、どんどん失敗したらいいんです。取り返しのつかない失敗になりそうなときは止めますが、小さな失敗を重ねさせて、それをフォローする。そうやって人は育っていきます。

会社が100周年に向けて伸びていくためにも、若い人をしっかり育てることが一番大切です。ベテランだけが残っても意味がありません。若い人が入って、育っていく会社であってほしいですね。

そして、これから入ってくる人たちに伝えたいことは、杉野工務店はあまり縛られずに、自分の仕事ができる会社だということです。ビルや学校など、50年は残る建物を自分たちの手でつくれます。その達成感を、ぜひ若い人たちにも味わってほしいですね。

取材日:2026年10月17日

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11月に公開予定